昔「大東亜共栄圏号」という飛行機に乗っていたら、アメリカの戦闘機に攻撃されて不時着した。　命からがら脱出して隠れていると「一億総懺悔号」という満員の木炭バスが来て、運良くそれに拾って貰って暫く行くと「所得倍増号」というボンネットバスが発車間際だったので、それに割り込んだ。　

 それから後も色々な形の乗合自動車に乗り換えて旅を続けたが、その度に車体も近代化され綺麗になって来たし、運転手はそれなりの技量の持ち主で自分の運転に自信を持っていて、僅かなミスを指摘されても潔く交代してきた。

　やがて乗客達は、外の景色には目もくれないでビールを飲んで騒いだり、美人ガイドさんを冷やかしたりしてその快楽を楽しむばかりになって来た。　

そんな間に運転手も高齢化したのか運転が何だか心許なくなって来て、目的地を忘れたり道に迷ったりし始めた。　それに気付いた乗客達が、そんな運転手に不安を持ち始めた頃に定時の運転手交代があった。

そこで運転手要員として登場したのが従来の会社の年輩の運転手と、別の会社の若くてハンサムで口の達者な運転手の二人だった。　他にも見るからに頼りない運転手も居るには居たが、選択を任されている乗客は圧倒的多数で、その若い運転手を選んで彼の運転に身を任せる事になった。

運転を交代したその若い運転手は、決められたコースに無かった新しい観光地へ寄ったり、弁舌巧みに乗客に話しかけたりしてきたので、乗客は「やはり若い人の方が良かった」と満足し、彼の運転を信頼して身を任せる気になっていた。

所が彼が運転を始めて間なしに乗客たちは、彼の運転が急加速して乗客がのけ反ったり急ブレーキでつんのめったりしても、それに気づかぬふりをして平気で運転を続ける荒さに気付き始めた。　そして乗客が「次の目的地は？」と尋ねても明確に返答もせず、地理に詳しくないのか道に迷ったり狭い道を走り始めたり、挙句の果ては断崖絶壁の一本道に入り込んでしまって、引き返しも出来ない状況になってしまった。

堪りかねた乗客が彼の運転免許証を確認して驚いた。　大型観光バスを運転する資格は｢大型二種免許保有者｣でなければならないのに、彼の運転免許証は何と免許取得後一年未満の「若葉マーク」該当者だったのだ。

驚いた乗客は運転手の交代を求めるが、生憎そこは道が狭くて人の乗り降りも儘ならない状況にあった。　それに悪い事に、この道はあと３.４キロメートルも続くと言うのだ。　進退極まった筈の新米運転手は、それでも悪びれもせず乗客の中の有資格者と交代しようともせずに運転席に居座って運転を続ける気らしい。